絢音ちゃんが秋田方言について疑問を持っているようです。僭越ながら、自分は言語学関係の専門なので、思うところを書いてみたいと思います。
最初に言えることは、現地調査をしたわけではないので断定的なことは言えないということ。逃げのようにも見えるかもしれませんが、勝手に決めつけてしまうと学術的に不誠実ということになりますのでご容赦ください。なお、ここでは秋田弁ではなく秋田方言と書きたいと思います。
●絢音ちゃんの秋田方言について
大潟村公式ブログ「おおがた散歩」2017年7月24日「乃木坂46の鈴木絢音さんが、大潟村応援大使に!」にはこう書かれています。
鈴木絢音さんは平成11年に大潟村で生まれ、平成13年に秋田市へ転出するまで大潟村で過ごされました。
つまり、大潟村生まれ、2歳で秋田市へ引っ越したということです。大潟村は南秋田地方、秋田市は河辺地方に含まれ、いずれも秋田中央方言に分類されます。河辺より南の本庄市由利方言になると新潟県北部の庄内方言との類似が大きいようですが、秋田中央方言は秋田らしい秋田方言であり、庄内方言の影響はさほどないように思われます。
●秋田方言「なんぼ」について
秋田方言に「なんぼ」という言葉があるとのこと。
自分は関西出身なので当たり前のように「なんぼ」を使いますが、これは関西圏と東北・北陸圏で使われるようです。
※大辞林 特別ページ 日本語の世界7 方言(二) - 大辞林第三版より
大辞林の方言分布図によれば、「なんぼ(ー)・なんぶ」は、北海道・東北のほぼ全域、山梨長野の一部、三重・和歌山を除く近畿・中国四国、九州東半分にみられます。
なんぼ・いくら
物の値段を尋ねるときのナンボは、東京の人にとってすぐ関西を連想することばである。しかしこの分布地図から、ナンボは西日本のほか、山梨県や北海道・東北地方にも色濃く分布していることがわかる。一方イクラは、三重・和歌山両県、西北九州でも使われている。ナンボは元来何程から変化した語で、値段ばかりでなく、イクツにあたる物の個数や年齢を尋ねるときにも使われる。もっともイクツにあたるナンボは、この地図のナンボの分布よりやや狭く、山梨や福岡・大分県の一部などでは、値段はナンボ、個数や年齢はイクツと言い分けるところがある。
一方、東京にも「ナンボなんでもそりゃひどい」などの用法があり、注意したい。
weblio方言辞書でも、北海道・下北・津軽・仙台・甲州・関西圏・但馬・鳥取での用例が出てきます。いずれも数値(年齢・金額・個数など)を尋ねるものです。関西圏では「芸人は客を笑わせてなんぼ」(芸人は客を笑わせてはじめて価値がある)といった用法もあります。
この分布図は非常に特殊なもので、言語学的にも非常に興味深いものです。この言葉を選んだ絢音ちゃんの言語感覚は素晴らしく研ぎ澄まされたものだと思います。
●ややこい
「ややこしい」の短縮に見える「ややこい」がこの話の発端でした。上記のWeblio方言辞書では、大阪弁でのみ「ややこい」がヒットします。大阪のテレビを見ている関西圏でも使うのではないかと思います(自分もそうです)。
こちらは他の地域での分布ははっきりとしません。きちんとした調査は特にないように思われます。これについて、ポイントは絢音ちゃんの「近所の人もそう言っていた」のか、「小中高の友人も同じように言っていた」のかということになってきます。
近所の人もそう言っていたとすれば、秋田方言にこの言い方が存在するといえます。その場合、なぜ秋田中央方言にこの「ややこい」が入ってきたのか、を調べる必要が出てきます。
もう一つは、「新方言」もしくは「ネオ方言」があります。「新方言」は標準語のなかに方言を取り入れて新しい言い方をすること。「ネオ方言」は標準語との接触の中から方言が体系的に変化したもの。厳密には違う概念ですが、若者が標準語とも伝統的な方言とも異なる言い方をすればこのカテゴリーに入ります。
大阪方言の「ややこい」が秋田地方で取り入れられたのか、それとも何らかのルートですでに入り込んでいたのか、方言学の観点からも非常に興味深いテーマだと思います。
で、結論は出ないのですが、755での指摘のあった酒田地方の北前船の影響というのは、残念ながら庄内方言(から、それに近い由利方言)のことであり、秋田中央方言にはその影響は及んでいない可能性が高いと思います。